仕事ができる人、できない人。
コミュニケーションがうまくできる人、できない人。
これにはいろいろな要因が関係してきます。
その人の「能力」とひとまとめに表現してしまってもいいのですが、総合的な要素が組み合わさって最終的に決まるので、その一言でまとめてしまうのも、なんだかな~という感じがします。
1番関係するのは、
「向上心の有無」
「与えられた仕事を与えられた時間内で、ただすればよい。」
という考えを持っている人が
「できる人」
にはなりえません。
普通は、同じ類の間違いを指摘すれば、同様の間違いは二度としないのが、鉄則。ただし、こういった考えの人の場合は、全く同じ間違いでなければ、同じ間違えとそもそも気づかないことが多い。
また、言われたことしかしないので、仕事に進歩がない。
自分とかかわる人の仕事の状況が見れないので、自分の仕事のせいで、周りの人の仕事量がどれぐらい増え、迷惑をかけているかを知ろうとはしない。
そこを指摘しても、全く同じ状況の同じことにしか対応しない、しようとしない。
それもこれも、「向上心の欠如」が原因。
いわゆる「情熱」不足。
毎日、どう仕事して、それによっての結果の変化に喜び、悲しみ、さらに努力を怠らない。
そんなふうに時間を使おうと考えられない人はできる人にはなりえません。
同じ時間をいかに有意義に使うか、昨日の自分より明日の自分が素敵になるためには、今何をどうするべきか?
そういった、向上心がなければなにもうまくはいきません。
確かに、毎日毎日の仕事がメチャクチャ楽しい人がどれだけいるか?と言われたらそんな人ほぼいないでしょう。
でも、だからと言って、人生のうちの大部分と言っていい仕事の時間を棒人間みたいに無駄に時間をつかったら、それこそ人生の無駄使いでしょう。
一生懸命がなければ、感動もない。小さいことでも、全力でやれば、何かしらの小さな感動が毎日起こります。
だから、わたしはどんな仕事でも、どんな時間でも、ただ気持ちもなく進めたり、過ごすといったことは一秒もしたくない。
ひとつ言えば、10仕事をできる人と、ひとつの仕事を言っても半分しかできない人の違いは、向上心=情熱 の有無
です。
とはいえ、自分は熱すぎる人間で、常に情熱にあふれていますが、こればかりは、人それぞれで熱くない人のほうが実際には多く、熱さを求めすぎても無駄ということも分かりすぎるぐらいわかっているところもあります。
ただ、そういった自分の似た人が周りに一人でもいれば、頑張れるのも事実。
そう考えると、自分は非常に恵まれているなと、思うのです。
悠里司法書士・行政書士事務所(大阪市福島区) 代表 司法書士・行政書士まえかわいくこ